海底歩行

こえびがだらだらどうでもいいことを書いちゃうブログ。

あなたは私の、愛しいけだもの

参加してる文芸サークル「ららら日和」が始動しましたので、ふんわりと文学のはなしを。そうそうこのためにこのブログを作ったのだ。がっつりオチまで書いちゃうよ。

 

 

江戸川乱歩の「芋虫」が好きです。って言うと「あ、そうなの? 意外」とよく言われます。なんででしょうね。若い女性が好みそうな雰囲気ではないからでしょうか。しかし若い女性が好みそうな話とはなんだろう、恋愛もの? ならばある意味芋虫も恋愛ものなんでしょうか。

 

戦時中。ある女の元に、出征していた夫が帰ってきます。しかし夫は両手両足を失い、聴覚と声も失っていました。意思伝達の方法として残っているのは、唯一傷つかなかった目(視覚)と、口に鉛筆を咥えさせ紙に文字を書かせる筆談のみ。そんな夫の介護をする妻は、周りに褒められて最初は誇らしく思うのですが、次第にその言葉が逆に彼女を苦しめていくのです。

というのも、妻には人には言いづらい性癖というか、加虐趣味があったわけです。夫婦の性的な欲求は衰えず、むしろ旺盛でした。日々繰り返される夫婦の営みの中で、妻は無抵抗な夫をいじめてやりたいと、まるで自らの性的欲求を満たす道具のように扱います。なので、周囲からの「貞節」「妻の鑑」などという褒め言葉に、責められているような気になる妻。

声を失った夫は喜怒哀楽を目でうったえてきます。夫のつぶらな両目に不思議な魅力を感じる妻ですが、ある時行為中に、夫の刺すような責めるような目に我慢ならなくなり、興奮で夫の目を潰してしまいます。

我に返った妻はすぐに夫の手当てを済ませ、泣きながら夫の胸に「ユルシテ」と指で書きます。健常な人間が見たくなり夫の上官の元へ走る妻ですが、帰ってみると夫がいません。部屋の柱に鉛筆で「ユルス」と書かれていたのを発見した妻は、慌てて探しに行った草むらで、じりじりともがくように前進する夫の姿を見つけます。夫は近くにあった古井戸に落ち、地の底から響いてきた鈍い水音が妻の耳に届いたとき、妻は“芋虫”が自分の重みで木の枝から落ちてしまう姿を幻に見たのでした。

 

「つっっっら!」というのが最初の感想でした。辛い。これは辛い。罪を許され介護から解放されても奥さんこれ幸せになれねぇよ。辛い。

この「芋虫」、「乱歩地獄」というオムニバス映画で映像化され、その他にも「キャタピラー」という映画の原案にもなってます。どちらも原作そのまま、ではないのですが、原作とは違うアプローチというか、様々な解釈が見えて面白いです。芸術や美術的なはなしだったり、反戦的なメッセージだったり。どちらも営みの場面をしっかり撮ってらっしゃるので家族と見ることはオススメしません。家族とそういう場面見るの気恥ずかしいよね。漫画版は未見でして、いつかきちんと読みたいなぁと思ってます。

 

唯一きれいに残っていた目を潰され、音も光もない世界に閉じ込められた夫。健常な状態で残っているのはもう彼の精神のみなわけですが、それもそんな世界の中じゃ崩壊するのも時間の問題。おそらく彼は自分の「人間としての尊厳」を守るために自死を選びます。人間として、夫として、五体不満足の自分が妻に唯一してやれること、それが「ユルス」ということ。きっと夫の心が広いからとか妻を愛しているからとか、それだけじゃなくて、最後に“人間”として出来ることが「ユルス」こと、それだけだったんじゃないかなと思います。最後の最後に、人間として何かを成そうとしたのかな、と。

そんでもって妻が“悪”かと言うとそんなことはないような気もして。介護って、難しい問題ですよね。溜まっていくストレスを吐き出したくとも、介護しなきゃいけないんだからそんな時間もありゃしない。逃げ出せば非難されるのは目に見えてますしね、だって妻がいなきゃこの夫何もできないんだもの、仕方ないけどね。暗い気分のまま、イライラやモヤモヤが逃げ場なく膨らんでいくのは当然でしょうし、この妻の場合、それが性欲や加虐心として出てきたのかな、なんて。本当に難しいです。

 

映画「キャタピラー」では原案という扱いなので、小説や「乱歩地獄」とは違い追加された設定やエピソードが多数あります。なので以前から妻が夫に対して恨みを持っていたような描写もあったり。(妻が夫に石女とののしられ殴られるような場面があります)

ですが乱歩の小説でも、「乱歩地獄」でも「キャタピラー」でも、妻から夫への愛情が読める場面がきちんとあって(戦死でなくて良かったと安堵したり、最初は労わって甲斐甲斐しく世話したり、憐れんで心中を図ったり)、それが物語の結末をなんとも後味悪いものにしてくれます。しかしそれが魅力。

 

タイトルは、角川ホラー文庫のコピーです。没後50年の、特別装丁版のやつ。後味悪いし二度と触れたくないような気もするのに、ふとなんとなく、また読みたくなります。

長々だらだらと書きましたが今日はこのへんで。